自分とは違う人間を見て、羨ましいと思ったことは誰でもあるでしょう。
他人を羨ましいと思うことが一度もないなんて、今まで会ったことありません。
しかし、羨ましいと思わないように気を付けているという人には会ったことがあります。
なぜ人を羨ましいと思わないように気を付けているのか、その理由を聞いてみると「不幸の原因だから」という答えが返ってきて驚きました。
人を羨ましく思うことが不幸の原因になるという考え方については、賛否あると思います。
自分なりに考えてみたことをまとめてみました。
「羨ましい」という感情
「羨ましい」という感情は、まず土台に「自分と比べる」ということがあります。
同じ人間はいませんから、違うのが当たり前です。
同じ親から生まれ、同じ環境で育った兄弟姉妹でも違うのですから、赤の他人と違うのは当然。
「自分の方が勝っている」とか「私の方が優秀だ」と違いを比較して満足する気持ちを持つこともあるし、逆に自分に無いものや自分よりも優れている点を持っている人と比べて「羨ましい」と思うのです。
誰に教えられたわけもなく、人間が当たり前に持っている感情なので、今さらその分析をするのもどうかと思うのですが、言われてみると「羨ましい」という気持ちは妬みになりがちだと気が付きます。
妬みの感情は負のオーラを帯びているので、たしかに不幸の原因になるというのも一理あるのかも知れませんね。
羨ましい・・が妬みになる
羨ましいのは、自分にはない部分があるからですよね。
それが妬みになってしまうと、それは不幸のはじまりかも知れません。
妬みは相手を落とすために悪いところを見つけようとしたり、いじけて自分の駄目な部分ばかりをウジウジ考えたりします。
それでは何も自分にとってプラスにならないですよね。
「羨ましい」と思うことから妬みになれば、不幸になるのも納得です。
羨ましいを憧れに変える
自分にないものを持っている人に「羨ましい」と感じるだけであれば、それ自体は悪いことではありません。
自分もそうなりたいと思うほど強く思うのなら、憧れの気持ちに変わります。
憧れの人に近づくために、自分を磨いて努力できれば、それはプラスになりますよね。
少しでも憧れの人に近くなりたい一心で頑張れるのであれば、不幸どころか幸せになれます。
ですが、問題もあります。
どんなに努力しても、どんなにがんばっても、絶対に憧れの人と同じ人間にはなれないことに気が付きます。
違う人間なのですから、当たり前ですよね。
それに気が付いたときに、違いを受け入れられるかどうか、そこが問題なのです。
羨ましいをやめる方法
羨ましいと思う気持ちは、結果的に自分を不幸にするという話にはじめは違和感をおぼえた私ですが、話を聞いているうちに納得しました。
羨ましいという感情は、違いを見つけるから生まれます。
違いを認め、受け入れることができると、自然に羨ましさよりも違いを面白く感じられるようになり、自分にないモノを求めるよりも、人が持っていないモノを持っている自分を好きになれるようになる。
そうなれば、誰かに影響されて真似して、近づこうとして、結局真似は真似でしかないとがっかりすることもなくなりますね。
まとめ
違いを認めること、違いを受け入れること。
これが意外と難しいのかも知れません。
自然にそれができるようになると、生きるのがラクになるのになぁと思いました。